ネクストビジョンの有馬です。
最近、海外から日本を訪れる外国人観光客が増えていますね。
2025年の訪日外国人旅行者数は、なんと4,268万人。
年間4,000万人を初めて突破し、過去最多を更新しました。訪日外国人旅行消費額も約9.5兆円と過去最高です。
日本は、いま海外から改めて高く評価されているようです。
もちろん、富士山、京都、温泉、和食、アニメなど、日本には魅力的なものがたくさんあります。
しかし、外国人観光客の話を聞いていると、私が「なるほど」と思うものがあります。
それは、
「日本人のモラルの高さ」
です。
例えば、
落とし物が戻ってくる。
街がきれい。
ゴミが少ない。
トイレがきれい。
電車の中が静か。
行列にきちんと並ぶ。
店員の対応が丁寧。
私たち日本人からすると、
「そんなの当たり前でしょう」
と思ってしまいます。
でも、海外から見ると、どうやらこの「当たり前」が、かなり珍しいことらしいのです。
では、なぜ日本人は、これほど「人に迷惑をかけない」「きれいにする」「ルールを守る」という行動を自然に身につけているのでしょうか?
ここで、ちょっと不思議なことがあります。
世界の多くの国では、道徳や倫理を学ぶうえで、宗教が大きな役割を果たしています。
ところが日本人の多くは、特定の宗教について体系的な教育を受けているわけではありません。
それなのに、
「悪いことをしてはいけない」
「人に迷惑をかけてはいけない」
「人から見られていなくても、きちんとする」
という感覚を持っています。
これは、いったいなぜなのでしょうか?
「日本人の道徳」を研究した外国人
実は、明治時代にこの疑問について真剣に考えた日本人がいました。
新渡戸稲造です。
旧五千円札の肖像画にもなった人物ですね。
新渡戸稲造は、1899年に英文で『Bushido: The Soul of Japan』、つまり『武士道』を書きました。
「日本には西洋のような宗教教育がないのに、なぜ道徳を身につけることができるのか?」
この疑問に対して、新渡戸はその答えの一つを「武士道」に求めたのです。
『武士道』は海外で広く読まれ、世界的なベストセラーになりました。
確かに、戦国時代から江戸時代にかけて形成された武士道が、日本人の価値観や行動様式に大きな影響を与えたことは間違いないでしょう。
「義」「礼」「誠」「名誉」「克己」などの考え方は、武士だけではなく、日本社会全体の価値観にも影響を与えていきました。
しかし……
私は最近、
「本当に武士道だけが答えなのだろうか?」
と思うようになりました。
もっと昔から、日本人はそうだった?
日本の歴史を少しさかのぼってみます。
邪馬台国や卑弥呼で有名な『魏志倭人伝』には、当時の倭人について、「盗みが少なく、争いが少ない」といった記述があります。
身分の高い人に対する礼儀や、社会の秩序についても記されています。
つまり、今から約1800年前の日本人にも、
「人との関係を大切にする」
「秩序を守る」
「礼儀を重んじる」
という文化があったわけです。
武士道が成立する、はるか以前の話です。
さらに縄文時代までさかのぼると、貝塚というものがあります。
私たちは学校で「貝塚=昔のゴミ捨て場」と習った記憶がありますが、実際には貝塚は単純なゴミ捨て場ではありません。
食料を得て、食べ、道具を作り、時には祭祀も行う。
そこには、当時の人々の生活そのものが残されています。
つまり、私たちが思っている以上に、古代の日本人は「生活の場」を大切にしていたのではないでしょうか。
その背景にある「八百万の神」
そこで思い当たるのが、日本独特の「八百万の神」という考え方です。
山にも神がいる。
海にも神がいる。
木にも神がいる。
岩にも神がいる。
水にも神がいる。
日本では、自然やさまざまなものに神が宿ると考えてきました。
神道では、自然物や自然現象、衣食住や生業など、さまざまなものが神々と結びついています。
これって、よく考えると、とても面白い考え方です。
例えば、
「誰も見ていないから、ゴミを捨ててもいい」
ではなく、
「そこにも神様がいるかもしれない」
と考える。
そうすると、少し行動が変わってきます。
「ここを汚してはいけない」
「粗末にしてはいけない」
「きちんとしなければいけない」
そんな感覚が、日常生活の中に入り込んでいきます。
そして、日本では「掃除」という行為も、単なる衛生管理ではなく、心を整える行為として大切にされてきました。
今でも日本の小学校では、子どもたちが自分たちの教室や廊下を掃除します。
海外の人から見ると、
「なぜ子どもが学校を掃除するの?」
と驚かれることがあります。
でも、日本人にとっては、
「自分たちが使った場所は、自分たちできれいにする」
という、ごく自然な習慣です。
「家」は日本人にとっての聖域
もう一つ面白いのが、「家」の考え方です。
日本の家では、玄関で靴を脱ぎます。
これは単に「床が汚れるから」という理由だけではないと思います。
家の中は、自分たちが暮らす大切な空間。
外の世界と切り離された、いわば「聖域」のような場所です。
だから、外から土足で入ってくることを嫌う。
そして、その空間をきれいに保とうとする。
考えてみれば、日本人は昔から、
「自分のいる場所を整える」
ということを、生活そのものの中で教えられてきたのかもしれません。
日本人は「日常の行動」で道徳を学んできた
私は、日本人のモラルの高さの秘密は、ここにあるのではないかと思っています。
宗教の教典を読んで、
「こうしなさい」
と教えられるだけではない。
毎日の生活の中で、
挨拶をする。
靴をそろえる。
掃除をする。
列に並ぶ。
人に迷惑をかけない。
約束を守る。
使ったものを元に戻す。
そういう小さな行動を繰り返す。
そして、いつの間にか、それが「当たり前」になる。つまり日本人は、
「日常の行動を通じて、道徳を身につけてきた民族」
なのではないでしょうか。
考えてみれば、「挨拶」もそうです。
挨拶をすると、何か得をするわけではありません。
でも、
「おはようございます」
「ありがとうございます」
「お疲れさまです」
と声をかける。
それを毎日繰り返すことで、人と人との関係が生まれます。
そして、その積み重ねが社会の信頼につながっていく。
「当たり前」が、日本の価値になる
海外から日本を訪れた人が、
「日本はきれいだ」
「日本人は親切だ」
「落としたものが戻ってきた」
「街が安全だ」
と驚く。
私たち日本人からすれば、
「そんなに特別なことかな?」
と思ってしまいます。
でも、実はそこに日本の大きな価値があるのかもしれません。
特別なことをするのではなく、
当たり前のことを、当たり前にやる。
挨拶をする。
掃除をする。
約束を守る。
人に親切にする。
人のものを盗らない。
周りの人に迷惑をかけない。
こうした一つひとつは、とても小さなことです。
しかし、それを何百年、何千年という時間をかけて積み重ねてきた。その結果として、
「日本人って、なんだか信頼できる」
という、目に見えない価値が生まれたのではないでしょうか。
これは、企業にも同じことが言えると思います。
大きな理念を掲げることも大切です。
新しい技術を開発することも大切です。
しかし、その会社の本当の価値をつくるのは、
「挨拶をする」
「約束を守る」
「時間を守る」
「相手の立場で考える」
「使ったものをきちんと戻す」
といった、毎日の小さな行動なのかもしれません。
「当たり前のことを、きちんとする。」
一見すると、とても地味です。
でも、それを積み重ねることこそが、人からの信頼をつくり、やがて大きな価値になる。
日本が海外から評価されている理由も、案外そんなところにあるのかもしれません。
そして私たちネクストビジョンも、
「当たり前のことを大切にする会社」
でありたいと思います。
小さなことを大切にする。
目の前の人を大切にする。
一つひとつの仕事を丁寧にする。
そんな積み重ねの先に、会社の「価値」がある。
最近、日本を訪れる外国人の皆さんを見ながら、そんなことを考えています。
では、また。



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